So-net無料ブログ作成
検索選択

恵みってなあに?

「恵み」とはキリスト教を理解するキーワードです。
受ける資格のない人に対して、神が一方的に与える祝福や救いを意味します。
ポイントは「受ける資格のない人」に与えられるということです。
救いを受け、罪の赦しを受け、祝福を受ける資格のない悪人、神に逆らっている人、出来の悪い子に対して神が恵みをくださるのです。
あなたが良い子になったら、良いこと(善行)をしたら、神が祝福をくださるのではありません。
出来の悪い子であるにもかかわらず、神はキリストの身代わりの犠牲のゆえに、無条件であなたを受けいれ、罪や悪事を赦し、神の子供として祝福してくださるのです。
これは人間の常識では理解できないことです。
しかし、聖書はキリストの十字架が自分の悪を赦すための神のみわざであったことを信じ、受け入れる人に対して、「恵み」という場所に迎え入れます。そこは行いとは関係なく、あなたが無条件で愛され、赦され、祝福される場所なのです。

キリスト教ってどんな宗教なの?

こんにちわ

キリスト教を信じて38年たちましたが、まだわからないことだらけです。
キリスト教とはいったいどのような宗教なのでしょうか?
一言でいえば、キリスト教とは神に頼ることによって、神から来る恵みの力に支えられる
超自然的な生活ということができるでしょう。

ほとんどの人がキリスト教を誤解しており、私を含めてクリスチャンでもまだ理解していない人が多いのではないかと思います。
クリスチャンとは神の教えを守ろうと努力するまじめな人というイメージを持つ人が多くいます。
真面目に勤勉に励むことは聖書も勧めています。しかし、聖書では神に頼らず、自分の力に頼る人は呪われよと教えているのです。
ですから、いわゆる律法と呼ばれる神の命令を自分の努力やがんばりで守ろうと努力し、がんばってきよくなろう、愛の人になろうとがんばれば、がんばるほど目標から遠ざかっていくのです。
なぜ、そのようになるのかを使徒パウロはその書簡によって解説しています。
ですから、単なる教えや修行によっては人は救われないと聖書は教えています。
この律法と呼ばれる自力救済、自力本願に挫折し、行き詰まるところから、キリスト教の世界が始まると言ってよいでしょう。
















******

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。